昔、地元の地方競馬場からオグリキャップという馬が出たのですが、よくレースで勝…

昔、地元の地方競馬場からオグリキャップという馬が出たのですが、よくレースで勝って強いかったので中央競馬へ移籍して勝ち続けてG1レースに出て優勝したらしいのですが、

これはスゴイらしいのですがどんな感じにスゴイのでしょうか?

G1レースに出場するだけでもスゴイらしいですが、何馬中何馬出れる感じでしょうか?

そもそも、オグリキャップの親は名もない馬なので血筋的に強いワケでは無かったらしいですが、G1レースに出るサラブレッドの馬達の中で一位になったのはスゴイと思いますが、自分はに詳しくないので周りの年配の人達の言い伝えを聞いているに過ぎないのですが。

オグリキャップの成績やG1レースについて教えてくれる方いたらよろしくお願いします。

回答

1251960446:

三流血統地方馬がの中央のGⅠレースで良血馬に勝つのはロマン。
さらにオグリは「強くてもクラシックに出られないのはおかしい」の疑問を投げかけ、最初はクラシック登録してなくても、後からも金でクラシック登録でできる制度が出来ました。
その恩恵に預かったのが日本最強馬の一頭・テイエムオペラオー

他にも勝てなくなった晩年の引退レース有馬記念奇跡のラストラン勝利。
まこと日本人の涙を絞った馬でした。

ちなみに数年前、長野県のスエトシ牧場に行った時、オグリキャップの初年度産駒・オグリワンがいてべっくらしました。


ブロンズコレクター:

オグリキャップ当時のでした。またライバル達がオグリキャップの独走を許さなかったのも面白かったです。

オグリキャップは、当時芦毛が走らないというのが常識でした。さらに格下の地方からの参戦。まさに下克上とか雑草魂のような感じで中央のエリート達をなぎ倒していきます。

そして、迎えた天秋にもう1頭の遅れてきた芦毛の最強馬タマモクロスが立塞がりました。続くジャバンカップでも日本馬再先着許します。いろいろありましたがタマモクロスの引退レースの有馬記念で、オグリキャップリベンジを果たします。

オグリキャップは、秋まで、休養ここから、伝説が始まるオールカマ―から毎日王冠と連勝そして、秋の天皇賞で、不利を受けながらスーパークリークに届きませんでした。その時にオグリキャップは、を睨むようにここから南井騎手がタズナで誘導しようとしても動かなかったという話があります。そして、ここで、マイルCSとジャバンカップの連戦します。マイルCS何とか勝ちましたがジャバンカップ当時の世界記録となるレコードタイムで、ギリギリの2着。さらに有馬記念を使いさすがに力つき5着でした。
今の競馬からまずありえない伝説。

春は、安田記念をレコード勝ちに宝塚記念を2着とまずまず成績でした。
天秋とジャバンカップまさかの惨敗でもう終わったという声が多い中。最後当時若き天才だった武豊と組みまさかの奇跡のラストランを飾る

    ブロンズコレクター

    文章じゃこんな感じですがウマ娘で、ヤングジャンプでオグリキャップの主役やっています。見ると少しは興奮が伝えると思います


193:

オグリキャップが活躍してた頃は丁度20代でした。生い立ちから後迄、小説か漫画のヒーローみたいな馬でしたね。
1番は競走馬がものを言う世界で、親は決して良い血統ではなく、生まれた時も外向と言うハンデを持ってて、地方から中央で名だたる名馬産駒をなぎ倒す活躍、連闘で地獄のローテもひたむきに走り、当時日本中がこの馬に魅せられたものです。
ぶざまな負け方をしながらも這い上がって最後は勝つ。勝ち方も鼻差等とかもあり、ぶっちぎりに刺す等応援しないでいられない存在でしたね。地方から中央にとは社会人野球の選手がいきなりプロ野球に対抗するような位置付け?みたいだそうです。それをいきなり6連勝、それもそのレース前の重賞を勝った馬を相手に何馬身も早くゴール。クラッシック登録も無かったのも、他の優血統の馬との格差もものともせずに勝つのも凄いんでしょうね。ストーリー性がありすぎて平凡ではない馬生だからではないでしょうか。他にも強い馬は沢山出ましたが25才で亡くなるまで、ファンが尋ねてくるのがやまなかったと言う人気ぶり。普通は有名な名馬でも引退後5年位でファンの足も遠のくらしいですが、オグリには何万人のファンが最後までついてたんですよね。とても素直で人懐っこい、イタズラ好きで優しい性格だったそうです。日本の競馬はこの馬無しでは語れない程の貢献をしましたし、この馬のお陰で人生好転した人も数多く居たのも確かです。


too********:

2000年以降で、地方競馬から中央競馬に移籍してG1を複数勝った馬はちょっと思いつきません。つまりそれぐらい珍しいことなんです。

別の例え方をすると、両親ともにそんなに勉強ができたほうでもない田舎育ちの高校生が、なぜかテストで100点を連発、全国模試でも上位。大学進学者なんて毎年10人ぐらいしかいないような高校に通っているけど、ちょっと東大や京大でも受けてみるか?という感じで受けてみたらストレートで合格、大学でも毎年成績上位、大学院にも進学して学問上重要な発見をする…みたいな感じです。

オグリキャップ人気は当時の時代背景も加味して考える必要があったりします。

オグリキャップが活躍した当時はバブル景気で、地方出身者が上京して成功して夢をつかむ…というのが今よりも強い憧れとなっていた時代なんです。そこに、出身で中央の強豪馬を相手に互角以上の戦いをして打ち破っていく…というのがその夢を体現していたので、余計に人気が出たんですね。

さらに引退直前ではあまりレースに勝てなくなっていて、もうこの馬もダメかなぁ、随分衰えたなぁ、となっていたところに(有馬記念)で1着になったものですから、余計に感動して記憶に残っているという人が多かったりするんです。

・どこにでもいる普通の地方競馬の馬と思われていたが、実力を認められて中央の強豪に挑戦し、次々と破っていく
・ライバルが登場し、勝ったり負けたりしながら切磋琢磨していく
・最後のほうで負けてもうダメかと思われていたが、最後の最後に大舞台で勝って締めくくる

まるで少年漫画なんかにありそうなストーリーですが、これが現実にあった話なんですね。そういう部分が人の心をつかんだんだと思います。

最後に競走成績がわかるページを貼っておきます。
上記のストーリーに照らし合わせながら何着になったか?を見ていくとお判りになりやすいかと思います。

https://db.netkeiba.com/horse/1985102167/


ID非表示:

競走馬というのは8千頭以上います。その中でまず重賞に出走できるオープン馬が全体の約7.6%、ザックリ計算しても700頭弱となります。更にそこからGⅠに出走できる馬の数は現在だと1レースにつき18頭、オグリが走っていた80年代後半だと24頭が最大です。賞金額等の関係からどうしても地方より中央の方がレベルの高い馬が走りますからここにが付け入る隙は少なくなるのは自然な事でしょう。サッカーや野球でも日本より海外の方がレベルが高いから皆んなそっちに行きたがるけど通用しないとかありますよね。そんな感じです。しかしオグリはやってのけた。レベルの低い地方からレベルの高い中央に乗り込み、たった24頭しか出走できないGⅠに出走して勝利した。地方から中央に乗り込んでGⅠを制した馬はオグリ以外でもチラホラいますがそれでも両手で数え切れるほどしかいない(交流GⅠは除く)事からも彼の凄さは分かるでしょう。

余談ですがオグリやその他地方から中央に来てGⅠを制した馬は所属が各地方から中央に変わっている訳ですが、史上唯一地方所属のまま中央でGⅠを制覇したメイセイオペラという馬がいたりもします。

ちーたー:

https://youtube.com/shorts/dJ06gARH9cA?feature=share

https://taketsumu.com/thoroughbred-debut-probability/

この2つを見ていただければ、オグリの凄さ、競馬についてなんとなくわかっていただけると思います!

1251960446:

三流血統の地方馬がの中央のGⅠレースで良血馬に勝つのはロマン。
さらにオグリは「強くてもクラシックに出られないのはおかしい」の疑問を投げかけ、最初はクラシック登録してなくても、後からも金でクラシック登録でできる制度が出来ました。
その恩恵に預かったのが日本最強馬の一頭・

他にも勝てなくなった晩年の引退レースの有馬記念で奇跡のラストラン勝利。
まこと日本人の涙を絞った馬でした。

ちなみに数年前、長野県のスエトシ牧場に行った時、オグリキャップの初年度産駒・オグリワンがいてべっくらしました。


ブロンズコレクター:

オグリキャップ当時の最強馬でした。またライバル達がオグリキャップの独走を許さなかったのも面白かったです。

オグリキャップは、当時芦毛が走らないというのが常識でした。さらに格下の地方からの参戦。まさに下克上とか雑草魂のような感じで中央のエリート達をなぎ倒していきます。

そして、迎えた天秋にもう1頭の遅れてきた芦毛の最強馬タマモクロスが立塞がりました。続くジャバンカップでもタマモクロス日本馬再先着許します。いろいろありましたがタマモクロスの引退レースの有馬記念で、オグリキャップリベンジを果たします。

オグリキャップは、秋まで、休養ここから、伝説が始まるオールカマ―からと連勝そして、秋の天皇賞で、不利を受けながらスーパークリークに届きませんでした。その時にオグリキャップは、スーパークリークを睨むようにここから南井騎手がタズナで誘導しようとしても動かなかったという話があります。そして、ここで、マイルCSとジャバンカップの連戦します。マイルCS何とか勝ちましたがジャバンカップ当時の世界記録となるレコードタイムで、ギリギリの2着。さらに有馬記念を使いさすがに力つき5着でした。
今の競馬からまずありえない伝説。

春は、をレコード勝ちに宝塚記念を2着とまずまず成績でした。
天秋とジャバンカップまさかのでもう終わったという声が多い中。最後当時若き天才だったと組みまさかの奇跡のラストランを飾る

    ブロンズコレクター

    文章じゃこんな感じですがウマ娘で、ヤングジャンプでオグリキャップの主役やっています。見ると少しは興奮が伝えると思います


193:

オグリキャップが活躍してた頃は丁度20代でした。生い立ちから引退後迄、小説か漫画のヒーローみたいな馬でしたね。
1番は競走馬の血統がものを言う世界で、親は決して良い血統ではなく、生まれた時も外向と言うハンデを持ってて、地方から中央で名だたる名馬産駒をなぎ倒す活躍、連闘で地獄のローテもひたむきに走り、当時日本中がこの馬に魅せられたものです。
ぶざまな負け方をしながらも這い上がって最後は勝つ。勝ち方も鼻差等とかもあり、ぶっちぎりに刺す等しないでいられない存在でしたね。地方から中央にとは社会人野球の選手がいきなりプロ野球に対抗するような位置付け?みたいだそうです。それをいきなり6連勝、それもそのレース前の重賞を勝った馬を相手に何馬身も早くゴール。クラッシック登録も無かったのも、他の優血統の馬との格差もものともせずに勝つのも凄いんでしょうね。ストーリー性がありすぎて平凡ではない馬生だからではないでしょうか。他にも強い馬は沢山出ましたが25才で亡くなるまで、ファンが尋ねてくるのがやまなかったと言う人気ぶり。普通は有名な名馬でも引退後5年位でファンの足も遠のくらしいですが、オグリには何万人のファンが最後までついてたんですよね。とても素直で人懐っこい、イタズラ好きで優しい性格だったそうです。日本の競馬はこの馬無しでは語れない程の貢献をしましたし、この馬のお陰で人生好転した人も数多く居たのも確かです。


too********:

2000年以降で、地方競馬から中央競馬に移籍してG1を複数勝った馬はちょっと思いつきません。つまりそれぐらい珍しいことなんです。

別の例え方をすると、両親ともにそんなに勉強ができたほうでもない田舎育ちの高校生が、なぜかテストで100点を連発、全国模試でも上位。大学進学者なんて毎年10人ぐらいしかいないような高校に通っているけど、ちょっと東大や京大でも受けてみるか?という感じで受けてみたらストレートで合格、大学でも毎年成績上位、大学院にも進学して学問上重要な発見をする…みたいな感じです。

オグリキャップ人気は当時の時代背景も加味して考える必要があったりします。

オグリキャップが活躍した当時はバブル景気で、地方出身者が上京して成功して夢をつかむ…というのが今よりも強い憧れとなっていた時代なんです。そこに、地方競馬出身で中央の強豪馬を相手に互角以上の戦いをして打ち破っていく…というのがその夢を体現していたので、余計に人気が出たんですね。

さらに引退直前ではあまりレースに勝てなくなっていて、もうこの馬もダメかなぁ、随分衰えたなぁ、となっていたところに引退レース(有馬記念)で1着になったものですから、余計に感動して記憶に残っているという人が多かったりするんです。

・どこにでもいる普通の地方競馬の馬と思われていたが、実力を認められて中央の強豪に挑戦し、次々と破っていく
・ライバルが登場し、勝ったり負けたりしながら切磋琢磨していく
・最後のほうで負けてもうダメかと思われていたが、最後の最後に大舞台で勝って締めくくる

まるで少年漫画なんかにありそうなストーリーですが、これが現実にあった話なんですね。そういう部分が人の心をつかんだんだと思います。

最後に競走成績がわかるページを貼っておきます。
上記のストーリーに照らし合わせながら何着になったか?を見ていくとお判りになりやすいかと思います。

https://db.netkeiba.com/horse/1985102167/


ID非表示:

競走馬というのは8千頭以上います。その中でまず重賞に出走できるオープン馬が全体の約7.6%、ザックリ計算しても700頭弱となります。更にそこからGⅠに出走できる馬の数は現在だと1レースにつき18頭、オグリが走っていた80年代後半だと24頭が最大です。賞金額等の関係からどうしても地方より中央の方がレベルの高い馬が走りますからここに地方馬が付け入る隙は少なくなるのは自然な事でしょう。サッカーや野球でも日本より海外の方がレベルが高いから皆んなそっちに行きたがるけど通用しないとかありますよね。そんな感じです。しかしオグリはやってのけた。レベルの低い地方からレベルの高い中央に乗り込み、たった24頭しか出走できないGⅠに出走して勝利した。地方から中央に乗り込んでGⅠを制した馬はオグリ以外でもチラホラいますがそれでも両手で数え切れるほどしかいない(交流GⅠは除く)事からも彼の凄さは分かるでしょう。

余談ですがオグリやその他地方から中央に来てGⅠを制した馬は所属が各地方から中央に変わっている訳ですが、史上唯一地方所属のまま中央でGⅠを制覇したメイセイオペラという馬がいたりもします。